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    震災3年

     震災3年。テレビの特番の画面に、今だから明かせるあの日の被災者の戦いが流れます。言葉も出ません。あの日、私たちも怖かった。震災の地から遠く離れた千葉葛南(千葉県北西部)でさえも、生まれて初めて経験する「震度5強」と引き続く余震に神経を引き裂かれた思いでした。

     被災地の津波にさらわれる街の有様に身を震わせ、そして原発炎上の恐ろしい光景が目の前に映されるのを見ながら「逃げなければ」と思ったものでした。実際には地震と津波の間接的な影響で、この地から逃げだすことは出来なかったのですが。

     神奈川の知人でさえ、その時にいかに怖い思いをして「どうしようかと思った」と言っているくらいですから身内の命を、そして住む家も田も漁場も失った被災地の方々の恐怖と絶望を思うとき、本当に胸が詰まって言葉が出ないのです。そして復興に向かう現地の方々の勇気を見るときに、ただただ頭が下がるばかりです。

     この3年、自分はどうだったのかと思うと、恥ずかしさで一杯です。「防災」に関しても、ほとんど何もやっていません。緊急避難場所への道のりを2度ほど歩いてみたり、ヘルメットを購入したり、そんなことしかできていません。家具の耐震補強もできていません。ホームセンターに行っても、何故か何も買わないで帰って来てしまうのです。

     いま一番大事なことは、この3年の自分を振り返って、冷静に見つめてみることだと思います。そのことはいま自分が一番恐れていることなのだろうとも思います。

     震災後「津波てんでんこ」という言葉がテレビから流れていました。東北の方々の津波から命を守るための言い伝えで「津波が来たら、とるものもとりあえず、親兄弟にも構わずに、各自てんでんばらばらに高台へと逃げろ」という意味だそうです。
     それでも、他人の命を守るために自ら犠牲になった方もいるのですが、それはそれなりに人間として価値のある生き方なのです。

     「つなみてんでんこ」という言葉は、災害時に他人の行動に付和雷同するのでなく、自分の判断で生きる道を進めと言っているとも受け取れます。これは人生を思う時の格言でもあります。人生という荒波の中を、自分は自分自身で考えながら、自分の意志で生きていくのだ。誰が何と言おうとも。たとえその先に生があろうと死があろうと。震災関連番組を見ながら、いろんなことを考えてしまいました。
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